落葉文集

落ちて廃れた言葉の連なり

生活困窮日記20〜21日目

■19日目までのあらすじ

 おいしいコーヒーを飲んだ。

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20日

 朝から雨が降っている。天気予報を見ると傘や雲の記号が並んでおり、梅雨へ突入したことを察する。

 約2年前、傘を持つことをやめてみようと思い、玄関に溜まったビニール傘をすべて廃棄し、それから今まで傘を一度も購入することなく過ごしている。
 上空から水滴が零れ落ちてくる。落下する水滴を身体で受ける。身体が濡れる。一連の流れに不思議なことはなく、炎に触れると熱く、太陽を直視すると眩しいように、雨が降っているときに外へ出たら身体が濡れる、という事実を私はそのまま受け止めた。
 私は火傷をしたくないから炎には触れない。また、目を痛めたくないから太陽を直視しない。しかし、濡れることへの抵抗はさほど感じなかったし、濡れたらタオルで拭けばいい。あるいは、そもそも主に濡れるのは私自身ではなく私の身を包んでいる布の方だったりする。
 不定期で大地が揺れ危機感を覚える現象を“地震がくる”と呼ぶように、不定期で外出時に身体が濡れてしまう現象を、私は“雨が降る”と呼んでいる。
 バイトへ向かうまでまだ時間があったため、アンビエントミュージックを聴く。
 静かに響くか弱い音は、雨音と交差したのち、どこかへ去り、また静かに現れる。雨音というのは心地よいものであるが、アンビエントミュージックはその心地よさを一層引き立てる。アンビエントミュージックは生活を内包し、生活はアンビエントミュージックの中に存在する。
 家の近くを車が通り過ぎ、タイヤが濡れた車道を転がる音が大きく聞こえてくる。アンビエントミュージックをわずかに塗りつぶしていく。

 昼からバイトへ行く。
 移動時間の多くは電車に乗っているとはいえ、自宅から駅、駅から勤務地へ向かうまでの数分で身体は濡れる。
 バイト先へ到着し、持参したタオルで身体を拭く。店長が、今日も傘をささなかったんだ、と笑う。たまに雨で濡れるのも悪くないですよ、と返しながら、濡れた髪の毛や衣類にタオルを当てる。濡れたまま接客業に従事するのは良くないな、と思う。

 外は雨が降っている。
 雨が降ると、多くの人は外出の意欲を失う。
 今日のバイトは来客も少なく、店内に流れる音楽が穏やかな時間をつくりだす。奇しくも今日の店内ではアンビエントミュージックが流れている。
 客足が伸びないため、コーヒーを淹れる練習をする。指導してくれているスタッフがコーヒーを口に含み、熱いね、と言う。

 

■21日目

 アマゾンプライムで『オズの魔法使』を観る。
 この頃の映像作品は演出が教科書のようで基礎を学ぶ勉強になるな、と思う。また、あまり観る機会のなかったミュージカル映画を観て、映像的手法と演劇的手法がハイブリッドされた演出のおもしろさを感じるが、私には映像や演劇の演出技術の知識が特段あるわけでもない。何を偉そうに、と自分に対し横槍を入れる。

 『オズの魔法使』では、知恵を求める案山子、心を求めるブリキのロボット、勇気を求めるライオンが登場する。しかし、彼らが本当に求めるものは欠如を補う能力ではなく、能力を誇る自信だ。案山子は既に知能を有しながら知恵を所持していないと言い張って知恵を求め、ブリキは既に優しさを有しながら心を所持していない言い張って心を求め、ライオンは既に勇敢さを有しながら勇気を所持していないと言い張って勇気を求める。
 エンディングでオズの魔法使は彼らに贈り物をする。案山子には思想学博士の学位を、ブリキにはハート形の時計を、ライオンには魔女退治を賞したメダルを。彼らは第三者から褒め称えられ、記念品を受け取り、他者及び物的に能力を証明されることで自信を獲得する。そして、この他者から与えられた自信は、主人公ドロシーとの冒険という自らの経験によって裏付けられる。
 案山子が、ブリキが、ライオンが求めていたものは自信であり、自信を持つための経験だった。或る能力を有する者は、或る能力を有する事実ではなく、或る能力によって果たされた実績によって能力が認識され、実績によって能力が確認される。

 私は、私には得意なことがなく、他人より秀でた能力も特にないと思っている。それは能力のなさ以上に、経験のなさ、実績のなさ、ひいては何事にも怖気つき行動してこなかったこれまでの生き方に起因しているのだと思う。
 思いつきでブログへ書き始め、3日程度で飽きると思われたこの日記も21日目までは続いている。これが例えば、今後も日々を記す行為が継続し、日数が3桁に到達したならば私は何を思うだろう。
 結局、可視化されなければ私は私を認識することができない。文字で記された日々を、カウントされていく数字を、少しずつ積み重ねることができたなら、私も何らかの自信を得ることができるのだろうか。

 夕方、バイトへ向かい、夜の勤務はお腹が空くな、と思う。

 

■22〜24日目 

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生活困窮日記18〜19日目

■17日目までのあらすじ

 文章を書くことは楽しいし、お酒を飲みながら人と話をすることも楽しい。

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■18日目

 生活を心配してくれた友人が宅配便を届けてくれた。箱を開けると華やかながら重みのある香りが鼻の奥を通り抜ける。箱の中は、コーヒー豆によって埋め尽くされている。
 コーヒー豆を送ってくれる旨はあらかじめ知らせを受けていたが、思っていた以上の量と種類の多さに驚く。しかし、これだけの量の贈り物をしてくれた事実に対する感謝の念が、すぐさま開封時の驚きを上回る。

 金銭的に切り詰めた生活を送ろうとすると、どうしても文化的なものに対する費用は削らざるを得ない。
 現に私は月々の収支を見直す中で真っ先にNetflixを解約した。Apple Musicを解約した。ニコニコチャンネルを解約した。雑誌の定期購読を解約した。外食はなるべく行かないと心に決め、映画館にはなるべく行かないと心に決め、読みたい書物がある際はなるべく図書館へ行こうと心に決めた。
 文化に触れられる状況は、生活に楽しみを設けられる状況は、余裕の証であると実感した。

 コーヒー豆の封を開ける。豆を10gほどすくい取り、コーヒーミルへ投入する。ハンドルを回し、ゴリゴリと音を響かせながら豆を挽く。ポットへ粉と化した豆を入れ、お湯を注ぎ、4分待つ。コーヒーの抽出を待つ4分間、わずかでありながら焦れったさをも感じさせるこの4分間は、空腹を満たすことや収入が発生することはなかったが、私に平穏をもたらした。安静をもたらした。いま目に映る光景を充たす、心地よい余白をもたらした。

 コーヒーをマグカップに注ぎ、一息ついたのち口に含む。温かな湯が舌の上を満たし、舌は温度の向こうに酸味を捉える。口内に甘い香りが広がる。

 素敵な贈り物は、上質なコーヒーであると同時に、コーヒーを嗜むという上質な余白でもあった。
 いや、与えられたものは今回のコーヒーだけではない。昨年、体調を崩し心療内科へ通い始めた頃からは特に多くの人に支えられてきた。多くの人から、安らぎを、喜びを、充実を与えられてきた。形の有無に留まらない数々の贈り物を受け取ってきた。
 私もいつか、困っている人、苦しんでいる人、大切な人、大切にしたい人が、一人では到達できない喜びの獲得を目指すとき、何らかの形で支えになり、力になることができるのだろうか。多くの人から受け取ってきた大きすぎる恩は、そんな疑問を私に投げかけてくる。
 コーヒー豆が生産されてからコーヒーとして私の喉元を通り過ぎるまでの過程にだって、どこかの誰かがどこかの誰かを思う気持ちが、多く錯綜してきているのだと思う。私の元に届いたコーヒーは、例え口にする者が私だけだったとしても、決して私だけのものではない。
 恩を返したいとか、困っている人を支えたいとか、そんな願いをただ抱くことは傲慢でしかないとわかっているつもりだ。それでもなお、いま受け取っている恩を、ここで途切らせることなく、未来へ繋げていくことができたらいいな、と思う。

 

■19日目

 午後からバイトへ入った。
 閉店までのシフトは初めてで、店閉めの作業を教わった。一つ一つの作業自体は単純なものばかりだったが、細かな作業を体で覚えるためには時間を要するだろうな、と思う。
 道具を洗浄し、消耗品を補充し、片付け、清掃をする。レジを締める。使用した数々のものを使用する前の状態へと戻す作業に、私たちは多くのエネルギーを費やす。
 生物だって、死後は土に還る。
 わかりやすくていいな、と思う。

 

■20〜21日目

 

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生活困窮日記16〜17日目

■15日目までのあらすじ

 19万円を手にして調子に乗る。

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■16日目

 ここのところ、暇な時間はゲーム実況動画を観て過ごすことが多い。特にゲーム実況者牛沢氏の動画は頻繁に再生しており、ここ数日は牛沢氏によるThe Sims 4の実況動画を観ている。
 その影響もあって今朝はThe Simsにインスパイアされた生活感の強い夢を見た。細かな内容までは覚えていない。
 夢を見ている最中の解像度は高いが、いざ目を覚ますと内容をさっぱり忘れてしまう、というケースが多く、朝からなにか損をした気分に陥る。解像度の高い夢を細かに覚えていると、夢と現実が錯綜し、生活に異常をきたしてしまうのだろうかと考えれば、脳という機能は元来明瞭な夢ほど忘却されるように設計されているのかもと納得がいく。
 だったら最初から夢なんてものを見せなければいいではないかと物申したくなるが、夢にも夢なりの事情があるのだろう。

 この日は市が業務提携している人材会社にて、求職についての面談を行う。
 人材会社では担当職員から、得意なことはありますか、と訊かれて答えに窮する。
 私は基本的に不器用だ。何をしてもうまく身体に馴染ませることができないし、物覚えもよくない。例え好きなことであっても、往々にして下手の横好きで終わるか、己の不器用さに幻滅して三日坊主で終わるかだ。
 つまり大抵のことは苦手で、得意かもしれないと思えていることがあったとしても相対的な理由でしかなく、自分にとってうまく適応できているだけで、客観的に見て秀でているとは到底思えない。

 持ち込んだ履歴書と職務経歴書を担当職員に提出する。文章が上手ですね、と褒めてもらう。文章を書くことを得意なことと言ってもいいのではないですか、と担当職員は更に続ける。

 いまも私は文章を書いている。作文は好きだ。だからブログも書きたくなる。文章を書いて、読んでもらうという快楽を求めてしまう。
 ブログを書いていると読んでいただいた方から、文章が上手ですね、と褒めてもらえることがたまにある。自分が書いた文章をおもしろいと言ってもらえることが一番嬉しい、と思い始めたのは高校生の頃からであっただろうか。
 私は作文が好きで、作文を褒めてもらえるのが何より嬉しくて、好きで書き続けていると時に誰かが褒めてくれて、それが嬉しいからまた書き続ける。
 好きと得意は異なるパラメータで、好きなことだからこそ得意と言い切りたくないものなのかも知れない。
 結局、私には私が文章を書くことが得意なのかはわからない。

 私に決められるのは好きかどうかだけです、得意かどうかはあなたの判断に委ねます。

 

■17日目

 早朝からバイトへ出向き、12時過ぎに勤務を終える。
 フォームドミルクの作り方を教わるが、例のごとく不器用を発揮し苦戦する。
 石橋を叩いて渡るタイプの私は、特に慣れない作業に対して大胆に動作することができず、慎重を図りすぎるがあまりに却って慌てふためき挙動不審が丸出しになってしまうのだが、その慌てようを見たスタッフの一人が、絵に描いたようなあたふたですね、と笑いながらも、慌てなくていいですよ、となだめてくれる。

 夜、友人が自宅に泊まりにくる。外食をしようと街をうろつき、金曜の夜でどのお店も満席の中、空いていた土間土間にたどり着く。
 お金がない、とあらかじめ詫びながらも中ジョッキ1杯とグラス1杯で生ビールを飲む。少し多めに支払ってもらったおかげでもあるが、自制を心がけると飲み過ぎず食べ過ぎず、程よい額で会計を済ませられることがわかった。
 スーパーで発泡酒やお菓子を買って自宅に戻り、友達をたくさん集めてボードゲームレトロゲームで遊びたいね、などと話をする。
 お酒を飲みながら人と話をするのは楽しい。

 

■18〜19日目 

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生活困窮日記14〜15日目

■13日目までのあらすじ

 財形貯蓄解約により19万円の収入を手にし、収支予測から赤字が消えたことによって生活が救済されたが、「生活困窮日記」なるタイトルで記事を書き続けるのはあまりに大げさな状態となり、近いうちに記事タイトルの変更に踏み切るべきかと悩み出す。

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■14日目

 この日は早朝6時からの出勤だったが、早起きを難なくこなす。眠っている間の無意識を過度に恐れる余り、狙った時間に即覚醒する自信を持てず、寝坊に対する恐怖心を必要以上に抱いてしまう私だが、早起きの適性は意外と高いような気もしている。
 前職に就いていた頃、早起きして1〜2時間ほど読書したり勉強したりアニメを観たりしてから出勤していた時期もある。出勤時刻に合わせて起床時間を決めるのが一般的だと思うが、労働活動を中心に行動を規定している感覚が好きでなく、労働と生活の主従関係を自己都合に沿って適切に設定したいと考え、労働するために朝早くに起きるのではなく自分の一日を送るために朝早くに起きる、という意識による生活を試みたことがきっかけだ。
 結果として自分がしたいことをする時間を確保できたり、早起きのおかげで満員電車も回避できたりとメリットは多かったのだが、労働と生活の主従関係がどうこうと理解不能な思考を巡らせ、「一般」から離れた生活を意識的に実践したがる者は求職に際して苦労する。

 アルバイト中は前日に引き続きハンドドリップでコーヒーを淹れる練習をさせてもらうが、一日二日で身体に染み付いた不器用が改善されるはずもなく、またもコーヒーの香りがするお湯を量産してしまう。

 帰りに近所のスーパーへ行き、辛ラーメンを購入する。想定外の19万円を手にし、浮かれて買った辛ラーメンだったが、袋ラーメンを購入することすら許されなかった19万円を手にする以前の状況の絶望感を思い出し、一時的とはいえ窮地から脱出できたことに再度安堵する。安堵の中で食べる辛ラーメンはおいしかった。

 この日の夜に1週間前に購入した氷砂糖1kgを食べ切る。1週間で氷砂糖を1kgも食べることはなんとなく体に良くない気がするため、いかに安くお菓子欲を満たすかは今後の課題とする。

 

■15日目

 朝食として市役所から支給してもらった廃棄寸前の非常用即席わかめごはんを食べる。お湯を注いで15分でできるわかめごはんは味もそれなりで、例えば災害時などにこのクオリティの味が食べられるとすれば喜びも大きいかもしれない、と企業努力に感心する。

 午後、自宅から30〜40分ほど歩いた先にある業務用スーパーへ向かう。この業務用スーパーを訪れたのは初めてだったが、納豆が39円と自宅最寄りのスーパーより20円ほど安く売られている光景に興奮し、まとめ買いを決行。その他、豆腐やレトルトカレー、そうめんなど、別に欲してはなかったけどあると便利そうな食品をいくつかカゴに放り込み、19万円を手にした浮かれから散々迷った挙句に2本の缶チューハイと徳用バタークッキーも手に取る。こうして無駄な出費は生まれていくのだなと、レシートを見て反省する。

 夜、業務用スーパーで買った缶チューハイを飲む。はちみつ男梅サワーなる飲料はさながら梅ジュースのようだったが、梅ジュースが好きな私は梅ジュースのようなお酒を梅ジュースの如く喉へ流し込む。

 体内に取り込んだアルコールによって多少のダルさが発症した身体を強引に動かして横に倒す。一人でお酒を飲んでもあまり幸福感を得られないな、と思う。瞼で視界を遮り、まどろみへ意識を預ける。一日が終了する。

 

■16〜17日目

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生活困窮日記12〜13日目

■11日目までのあらすじ

 アルバイトがスタートした。 

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■12日目

 この日も朝からバイトへ向かう。まだ2日目ということもあり、ひたすらレジ対応業務に専念させられるが、空いた時間にドリンクの作り方を教わるなどする。

 バイト先には変に尖った思想の持ち主は居なそうで、穏やかな人が多そうな印象だが、変ないじられの対象となっている者が1名おり、人を小馬鹿にするノリはどこにでも発生してしまうのだなと少し気を落とす。本人を中心にコミュニティ内で容認されているノリであるならばとやかく言っても仕方ないのだが、それにしても見ていて気持ちのよい事象ではないため、この辺りは少し様子を見たい。

 帰り際にカフェラテを淹れてもらう。コーヒー屋さんへ行ったら基本的にコーヒーを頼む私はラテを飲む機会があまりなく、直近で飲んだカフェラテといえばマクドナルドのカフェラテMサイズ200円である有り様で、そもそもカフェラテの味をいまいち理解していないのだが、このときもらったカフェラテはほとんどホットミルクだった。おそらく牛乳の量が多かったのだろう。エスプレッソの香りは『ウォーリーを探せ』の如くミルクの中に紛れ込んでしまっていた。

 夜、人前に立ち続ける行為が思っている以上に疲労を生み出してしまっているのか、暗い気持ちになる。
 気が沈んでしまった原因もよくわからないまま、そもそも自身の人生のプレイング能力の低さにどうしようもなく打ち拉がれてしまい、とりあえず早めに寝ることを決心する。小さい頃から今に至るまで私はゲームが苦手であり、攻略本なしではまともにゲームをエンディングまで進めることすらできないことがほとんどだ。宗教というのも人生のルートを指示する攻略本として機能しているのだと思えば信仰する人々の気持ちもよくわかる。
 何を信仰してこの先を生きていけばいいのか、それがわからないままだから突如不安に襲われてしまう。

 

■13日目

 東京が世界に誇る平日早朝の満員電車へ久しぶりに乗り込む。クールジャパン、と呼ぶには車内はあまりに蒸し暑く、世の中には早急に廃れたほうがいい文化だって多く存在することを確認する。

 平日ということもあり、この日のバイトは忙しくなく、ハンドドリップでのコーヒーの淹れ方を教わる。手順を入念に指南してはもらったが、身体感覚が著しく弱い私は得意の不器用を遺憾無く発揮してコーヒーの香りがするお湯を量産してしまい、亡骸となったコーヒー豆を見て罪悪感に襲われる。

 バイトが終わって帰宅途中にATMに立ち寄り、通帳記入を行う。携帯料金と電気代の支払額を確認したかったのだが、それらの支払いに加え、覚えのない約19万円が振り込まれていることがわかる。
 元より7月中旬まで収入の見込みがないことから始まった生活困窮状態であったために、このタイミングで19万円手に入るならば生活にも多少の余裕が生まれ、言うほど生活は困窮せずに済むことになり、もっと言えば市の家賃補助制度を利用する必要もなければ申請の予定だった公的借入金制度を利用せずとも生き延びられることになる。
 振込元の名前がなぜか自分の氏名であり、どこから発生した19万円なのかわからずしばらく困惑していたが、直近の自身の行動を省みるに財形貯蓄の解約により戻ってきた貯蓄額であることが判明し、神の恵みなどではなく過去に己が稼いだお金であることに安心を覚える。
 生活困窮日記がまさかの13日目で幕を閉じることになってしまうわけだが、それにしても月々の収支がマイナスの見込みで生活が苦しいことに変わりはないため、大げさなタイトルではあるが今後も飽きるまではブログにて記録を続けていきたいと思う。
 ひとまず、友人から遊びの誘いなどが入っても全て断らなくてもよい状態に至れたことは嬉しく思う。あとお菓子やカップラーメンだって買えるし、とにかくうれしい。

 

■14〜15日目

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生活困窮日記10〜11日目

■9日目までのあらすじ

  お菓子代節約のため氷砂糖をモリモリ食べている。

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■10日目

 この日に応募していた派遣バイトが不採用だったため予定こそ特にないが、翌日から始まる定期のバイトへの不安でソワソワを隠せずに時を過ごすことになる。

 午前中は例によってアマゾンプライムで『美味しんぼ』を観る。氷砂糖が相棒な食生活を送っている身分としては、いつも会社の経費でリッチな食事を堪能する山岡士郎氏が羨ましくて仕方がない。
 味覚をいかに言語領域で認識するか、というのはここ一年くらい挑んでいるテーマの一つなのだが、『美味しんぼ』内での食の感想は触覚に由来するものが多い印象を受ける。が、セリフをいちいち記録しているわけでもなく、触覚由来の感想が目立って記憶されているだけで、五感を用いた感想がそれぞれ満遍なく述べられている可能性の方が高い。あえて作品を見直して『美味しんぼ』における食の感想のデータを取ろうとするほどの熱量があるわけでもない。

 午後、まぶたに重さを感じてきたため机に突っ伏して昼寝を試みるが、目を閉じて数分したところで市役所から着信が入り、家賃補助の審査が通ったため書類を受け取りにきてほしいと言われ、どうせ暇だからと電話を切ってすぐに市役所へ向かう。

 帰りにスーパーへ寄り、たまごと納豆ともやしを購入する。金銭状況云々は関係なく、私は元より貧相な食生活を送っているが、納豆とたまごを毎日摂取していればそれなりに健康的な食事として成立するのではないかと思っている。一切の根拠はないが、確たる根拠と論理性を持って行動する機会なんて、生活の中にそう多くあるわけでもない。

 

■11日目

 定期のバイト初日。なによりもまず早朝に起きられるかが心配であったが無事予定時刻に体を起こすことができ、胸をなで下ろす。
 昨年夏に休職して以降、スムーズな起床ができない日が増えたが、睡眠のモニタリングを重ねた結果、
 ①寝る前にストレッチをする
 ②歯ぎしり防止のマウスピースを装着する
 ③床で寝る
 ④カーテンを開けておく
以上の四項目を行うことで起床時のダルさ解消が可能となることがわかった。個人差はあるだろうから、他人に推奨はしない。

 肝心のバイトだが、そう規模の大きくないフロアに、土曜日というのにお客さんがたくさん入るわけでもなく、 客の回転率もかなり低いお店で、まだ人柄が見えているわけではないがスタッフの方々もキツいタイプの者はおらず、穏やかな雰囲気が漂っていた。約9ヶ月ほど半引きこもりのような日々を送っていた私の社会復帰のスタート地点としては、適度な環境となってくれるかもしれない。
 しかしながら、新規でアルバイトを採用するのは久々らしく、固定化したスタッフによって完成されたコミュニティの中に新参者として飛び込んでいく行為はどうしてもエネルギーを要する。いくら業務内容が易しいとはいえ、馴染みのない人々の中に居続けるという不慣れな状況によって、単純作業に黙々と没頭する工場バイト以上の疲労が生じているのは間違いない。
 いまやツイッターを介した交流がない者との接し方がさっぱりわからなくなってしまった私だ。部署異動が多く、あらゆる人間への適応が求められる公務員は長く勤めていたところでやはり務まらなかったかもしれない。

生活困窮日記 7〜9日目

■6日目までのあらすじ

 ハローワーク就労支援員の精神的マッチョジジィを絶対に認めません。

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■7日目

 2回目の工場派遣のバイトへ行く。
 前回は清掃業務だったが、この日は缶ビールの缶に傷がついていないかチェックする作業だった。目の前で缶ビールを扱いながら、気の迷いで開栓してしまわなかった点は実に立派だったと思う。
 同じ検査グループにいた若い女性が、なんとなく高校の頃に片思いしていた人の顔に似ているような気がして自然と目で追ってしまう場面が何度かあったが、知らない人の顔をじっと見るのはよろしくないので目で追ってしまう自分に気づいてからは自制した。というか単純作業を黙々とやっていると無心へ近づけることもあり、4〜5ヶ月後に控える家計の赤字への不安もろともに全ての感情を一時的に消し去ることに成功する。
 これは余談だが、高校の頃に片思いをしていた人のことをいま思い返すと別に好きではなかったような気がしており、当時から違和感こそ抱いていたのだが、いまはっきりと思うのは、あれは人間自体に対する好意ではなく単にルックスの良い人物に対する羨望の思いだったのだということだ。
 私は大体、性別問わずに見た目の優れた人の顔を見ると「この人の見た目になりたい……」と思う癖があり、それはやはり憧れという意味での好意でしかない。

 

■8日目

 6月からのバイトや借入金の申請に必要であるため、住民票の写しをもらいに市役所へ行く。手数料に500円徴収される。
 帰りに駅へ寄り、定期券を購入する。
 PASMOの発行にクレジットカードが使えないことを知り(窓口で頼めば使えるのかもしれないけど券売機では使えなかった)、6月の生活費を憂いながら現金を降ろす。が、いま現金で払おうと、クレジットで払って来月の支払いにしようと給料が入るのは再来月であるためそう大差はない。
 どうせ苦しいものは苦しいのである。
 スーパーマーケットにも立ち寄り、お金がなくても甘いものは食べたいという気持ちで氷砂糖1kgを購入する。
 帰宅して早速食べるが、氷砂糖を口に放り込む手が止まらず、バカのペースで糖分を摂取し続けることになる。氷砂糖1kgが1週間すらもつ気がしない。
 帰宅してから、市と提携している民間の人材紹介会社に電話をし面談の予約をする。ハローワークの就労支援員が信用できない以上、人材紹介会社を頼りにするしか手段が残されていない。

 

■9日目

 市役所から支給してもらった非常用のおかゆを朝食にすると楽であることに気づく。
 これまでの間も主に昼食としておかゆを食べてこそいたが、所詮非常用ではあるためやはり物足りなさは感じていた。その物足りなさも、朝食としてなら許容範囲で済ませられることがわかった。それでも物足りないのは物足りないのだが。
 例によって『美味しんぼ』を数話見た後、このブログ記事を書いている。氷砂糖をモリモリと食べながら書いている。
 生活困窮日記と題して、今の自分の生活を反省しながら状況を簡単に記録していこうという試みなのだが、これまで以上に本当にただの日記であり、変わったことを一切書こうとしていないため、他人が読んで面白いものとは到底思えず、ブログとして公開している意味があるのかと問われればはっきり言ってないのだが、公開している方が継続させられそうだし、単純にブログとして好き勝手に文章を書くのが好きであるために良しとする。作文をするのは楽しい。
 1日目から9日目までこの日だけで書ききった。今後はどのペースで更新するかわからないが、ぼちぼち記録しながら少しずつ生活を立て直していければと思う。
 記事を書いている間に、明日申し込んでいた派遣バイトの断りの連絡が入った。
 預金残高は10万円を切った。明日も暇である。

 

■10〜11日目

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