落葉文集

落ちて廃れた言葉の連なり

Prologue

 全身に圧力を感じる。

 

 深海に迷い込んだかのようだ。耳は圧迫され、頭には一本の直線を引くように痛みが突き抜ける。息が苦しい。肺は海水を取り込み、喉には交通規制がかかる。無意識にそこを行き交っていたはずの空気が滞る。

 

 明日が遠い。手を伸ばせば届く距離にありながら、手を伸ばすことができない。ようやっと手を伸ばし、両手でそっと包み込んでも、指の間をするりと抜け、また少し先へと逃げてしまう。明日を待ち、明日が来れば、また明日を待つ日々。明日。明日が遠い。

 それでいて、刻一刻と過ぎ去っていくいまこの瞬間は、残酷なまでに止め処ない。鋭く尖った刃を持つその逆風は、身動きの取れない僕の身体を容赦なく切り裂きながら、目で追うことが許されない速さで駆けていく。僕が動かなかったこの一秒に、動き続けている人々がいる。動けなかっただけだと、言い訳をするこの一秒に、動き続けている人々がいる。

 

 不安。混乱。空虚。焦燥。人は誰だってそんな圧力を感じている、はず。

 

 無意識。我々は、正常に機能しているものに意識を向けることはあまりない。お腹が痛いからお腹の調子が気になる。猛暑の日には空調を入れる。電車が止まれば時計に目をやる。異常とは、すなわち行動の起因である。

 昆虫は、痛みを活かして危険を回避する必要がないほど寿命が短いことから、痛覚を持たないという。痛みという異常が生きるための機能であるように、異常を感じなくなった人生など人生ではない、と僕は思う。

 

 人は安定を求める。僕の就く為事は、「安定」の代名詞として、皮肉交じりに度々用いられる。安定した生活、波風の立たない生活、そんな日々に馴染みきってしまった人々は、徹底的に変化を嫌う。しかし、変化を拒み続ける人々を尻目に、人が築き上げた時代や社会や文化は誰にも予測がつかないほど自由に絶えず動き回る。セブンイレブンで和同開珎は使えない。

 

 安定と不安定の狭間で、その軋轢に耐えかねた僕は、心身の不調に陥る。不安定を肯定していた僕の手元に残ったあてどない不安は、あまりうれしいものではなかった。

 

 人間。社会。生活。幸福。あてどない不安を抱え呆然と立ち尽くす僕は、彼らを意識下に置く。

 

 こんな状態に陥りましたので、一ヶ月ほど休職と相成りました。リハビリがてら日記のようなブログをぽちぽち書ければなと思います。